RIKA HAYASHI

PROFILE

「私のプロフィールをつくる」 2015・7月

 

・ 名 前  林 里佳

・ 生年月日 1971年8月24日

・ 出  身 富山県出身・富山県富山市在住

・ 肩  書 書家、作詩家、占いカウンセラー

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穏やかな日々の中で

1・結婚して10数年、子どもにも恵まれ、仕事は家庭と両立が出来るようにパートで事務をしていました。

家事と仕事と子育ての毎日で、行動範囲は、家からぐるーっと半径2キロぐらい。

家と仕事とスーパーと子どもの習い事の送り迎えなどの繰り返しだけど、それになんの不満もありませんでした。

穏やかに過ぎていく日々はとても幸せで。

書との出会い

ネームインメッセージの世界

2・夏のある日、偶然、家族全員の名前を使って詩を作られた作品と出会いました。

名前詩とかネームインメッセージとか言われる作品で、「私も家族の詩をつくって欲しい」そう思いましたが、残念ながら先生が帰ってしまった後で、後日、作品を書いてもらいに出かけました。

林ファミリーで、家族の作品を書いてもらった後、先生が「この後、遊書教室するけどやっていかない?」と誘って下さいました。

正直、自分が書けるなんて思わなかったけど、一回お試しするくらいならって、軽い気持ちで体験することにしました。

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先生との出会い

3・体験教室が楽しかったことがきっかけで、教室に通うことにしました。先生は優しいし、生徒のみんなとも仲良くなってどんどん遊書にはまっていきました。

新たなるはじまり。

4・だけど、そんな気分の良い時期は長くなく、習えば習うほどに落ち込む私が顔をのぞかせました。何?って皆みたいに個性的に書けない!遊書って個性を全面に押し出して『これぞ私!』って作品を書くのがコンセプトなのに、先生をはじめ皆から口を揃えて言われる言葉は「里佳さんの字って素直な字だよね」「ほんと、癖がないね」なんて言葉ばかり。良い意味で言ったらそうだけど、それって下手ってこと!?書いても書いても個性的にならない私。「どうやったら個性的に書けるの?」

 

 

5・遊書は好きだけど、いつまでたっても落ちこぼれでした。そんな時、友だちに「開運鑑定してくれるすごい先生が今度富山に来られるけど、娘さんの進学について相談のってもらったら?」って誘われました。丁度娘が、大学進学とか将来の方向性とか考えていた時期だったから「娘のために参考に!」って気持ちで会ってみることにしました。

 

 

6・娘の進学相談が終わったところで先生が「時間もあるし、あなたも相談乗りますよ」と言ってくれました。「今現在遊書を習っていて、こんなの書いてます」って私の作品を見せたところ「君の書今後売れていくよ!私、作詩家でもあるんだけど、作詩教えてあげるよ。作品持って定期的に会いにおいで」と言ってくれました。教室で落ちこぼれていた私にとって、その言葉は衝撃的だったと同時に希望をくれました。

 

 

7・定期的に作詩の指導を受けながら、遊書教室は卒業し『ひまわり』の雅号も頂きました。プロとしてやっていく権利を頂いたものの、本気でプロになる勇気もなく活動もせずにいた私は、数カ月後遊書の先生から呼び出されました。「来月、俺の代わりにイベントに出ろ!会場も全部用意したから、筆持って来い!」それが私のプロデビューでした。

先生に背中を押して頂いて、なんとかデビューして、デビューさせては貰ったものの、本当に売れませんでした。お友達や知り合いが注文してくれたりしたものの、売上はひと月1枚2千円なんて時もありました。

 

 

8・そんな時、私を妹のように可愛がってくれる兄弟子に久しぶりに会いました。「頑張っている?」って聞いてきた兄弟子に、「あー、売れないから辞めようと思って」本気でした。だって、本当に情けないくらい売れなかったから。そう言った私に「辞めたらダメだよ!里佳ちゃんの作品いいよ。大丈夫続けなよ!」って言ってくれました。嬉しかった。活躍している兄さんからそう言ってもらえて。

 「ちゃんと、宣伝している?」「宣伝?」「してないだろう!売れるはずないじゃないか!!練習のつもりで、200人モニター募って!書いているうちに売れる!」そう、兄さんにアドバイス頂いて、とにかく書きまくる日々が始まりました。

友だち、知り合いとお願いして歩きました。趣味で行っていたスポーツジムでは、イベントを開いて頂いて書かせて頂いたり、社員全員の作品を書かせてくれた社長さんがいたり、色んな人に書いているうち、一人ひとりに向き合い話を聞いて、その人の人生に寄り添う一時がいつの間にか、とても大切なことになりました。その人のことを思って時間を賭けて一枚を仕上げていきたいと思わせてくれました。

 

 

9・モニターを続けて数ヶ月経った頃、通っていた着付け教室の先生にお願いして、先生と生徒さん全員に書かせてもらったことがありました。一緒に習っていた生徒さんの一人のおばあちゃんに作品を手渡した時、何気なく「林さんは個展とかしてないの?」って聞かれました。「あー、全然してないです。まあ、機会があったら」なんて答えておきました。

 そしたら、次に会った時、「私ね、いつも通っている銀行さんと薬局さんにロビー展頼んできたから個展開いてね」といきなり言われました!「実は、個展に出せるようなオリジナル作品は一枚も作ってないから個展なんて出来ません」と答えた私に、「私、銀行さん達に皆さんに知ってほしい作家さんがいらっしゃるのって頼んでね、もう個展期間仮押さえしてきちゃったから。個展してもらわないと私が困るの」と返されました。

 

 

10・まさか、まだ売れてもない、まして一枚もオリジナル作品を描いたことのない私が個展なんて。もう、どうしたら良いか分かりませんでした。

だけど、私のことを世に出したいという一心で、銀行さん達に頼んでくれたおばあちゃんに作品見てほしくて。思いを無駄にしたくなくて。それだけで、挑戦することにしました。

思いを伝えたい人に伝わる詩を書くことが仕事の私が、久しぶりに自分と自分の思いに向き合った時間でした。「私は何を思っているだろう?」そして「何を伝えたいだろう?」作品を通して。

 

 

11・必死で描き上げた作品を持って薬局さんのロビーに並べた時は、不思議な感じでした。ほんの2ヶ月前まで、一枚もなかったオリジナル作品が出来上がり、今、人の目に触れるところに並んでいる。

 私がもし、自分で個展をお願いしようと思う時は、きっと自分に自信が持てた時だっただろうから、ずっと未来のことで、もしかしたら一生個展なんて考えなかったかもしれません。でも、おばあちゃんのお陰で、私はこの機会を得られたのだと思ったら、ただただ感謝しかありませんでした。

薬局で個展が終わり、続けて銀行さんで個展が終わる頃には、兄さんが言ってくれたように、不思議と少しずつ口コミで仕事が増えだしていました。お客さんがお客さんを紹介してくれたり、「紹介したい人がいるからついてきて!」と言って、サロンのオーナーさんを紹介してくれる人がいたり、あたたかい繋がりの中での仕事はいつも私を幸せにしてくれました。

 

 

12・丁度、個展依頼を受けて一年後、私はお友達の紹介である経営者さんと出会いました。「君は何をしているの?」「書を書いています」「作品はあるの?」「今、銀行での個展に7点出している以外は家にありますけど」「それ持ってきて見せて!」「作品ですか?いいですよ」そう言って、社長さんに見せました。

 「本当にこれ君が書いたの?」「そうですけど」「これ全部でいくら?」「はあ?いくらって購入されたいってことですか?」「そう!」

なんと、その経営者さんは、私が1年前必死になって書いたデビュー作の全作品をその場で買って下さったのです。まさか、そんな日がくるなんて思ってもいませんでした。その経営者さん曰く、「君が一流になってすごく売れたら、僕は1番最初に君の才能を見つけた人間だからね。ピカソとか芸術家はそんな人との出会いがあったんだよ」

 その後、久しぶりに着付け教室に出かけました。あの時、個展を頼んでくれたおばあちゃんに会いに。「あの時、個展頼んでくれて作った作品が売れました!」って報告したら、おばあちゃん、先生、生徒さんみんなでとても喜んでくれました。「書の道で一流になりなさいね。頑張ってね。みんなで応援しているから」って言ってくれて。

 「あなたの夢は?」って聞かれたら、正直「書家になること」では無かったけれど、色んな人との出会いが私を導いてくれた書の道を今はしっかりと歩いて行きたいと思います。これからも人と人との縁や繋がりを大切にして、私の書いた作品を手にした人が少しでも幸せを感じられますように。

© 2018 . Rika Hayashi

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